シムシティ(5)東京1957怪獣

1957年、東京湾から怪獣が上陸。(原作は1980年代後半だが、もちろん架空の設定。) 怪獣に破壊された町を復興するのがテーマとなる。説明書によると、難易度はやさしい。

実際にも難しくない。怪獣は竜巻と大差なく、マップ全体を破壊するわけではない。通り道で起こった火災と、それにともなう停電に対処する。道路などをさら地にすれば、延焼を防げる。火災付近に臨時消防署を建てるという手もある。

当初、怪獣は教会をよけて通るように思えたが単なる偶然で、容赦なく踏みつぶしていった。延焼対策として建物を壊すのは一つの手だが、教会を壊すのはやめたほうがいいだろう。筆者は気にならないのだが、建物が教会になるのが腹立たしい人もいるらしい。今思いついたが、電気を止めれば教会は立ち退くかもしれない。後で試してみたい。試してみたが、教会はいっこうに立ち退かなかった。

怪獣は左上の空港へ向かった後、マップ外へ去って行った。空港は1マスだけ破壊されたが、機能はしているようだ。ほかの被害もさほどではなかった。スピードを速めて時間を進める。あっさりクリアできた。

このシナリオは簡単だった。練習用にもいいだろう。それとも、運が悪いとひどい目にあうのだろうか。


今回は1時間、累計で2時間半かかった。

話をうのみにしてはいけない

知っている人には当然だが、歴史小説は文学・創作である。史学・史実を下敷きにしているかもしれないが、そのものではない。大河を含むドラマや映画も同じだ。そのことに本来はなんの問題もない。しかし、創作であることを忘れてしまうと問題になる。


日本の戦国時代に、「鳥居強右衛門(とりいすねえもん)」が命を捨てて使命を果たしたという話がある。これは創作だと思う。なぜなら、紀元前に書かれた「史記」に酷似した話があるからだ。

この件に関して Wikipedia では創作だと明言していないが、創作だろうと暗示していると筆者は解釈する。根拠は、「鳥居強右衛門」のページにある下記、およびリンク先にある各記録の性質(『信長公記』は史料として比較的信用できる、など)の記述である。

なお、強右衛門の記録のうち最も古いものは『甫庵信長記』、次いで『三河物語』で、それ以前の『信長公記』などには全く登場しない。

上記だけでは判然としない。しかしリンク先をよく読めば、「それ以前の『信長公記』などには全く登場しない」に隠された意味が分かる。こういうのを「大人の対応」と言うのだろう。この記述であれば、反発する者がいたとしても安易なことはできない。やぶをつつくことになってしまう。

一方で筆者の記事は反発を受けるだろう。金銭的利害関係者よりも、鳥居強右衛門のエピソードに感銘した人に恨まれるはずだ。では、なぜ書いたのか。物事は別の角度から見ると全く違う印象になり得る。文章をよく読むと見方が変わるいい例だと思ったからだ。


話し手は創作をしなくても印象を操作することができる。以前、日本経済新聞にこういう話(あすへの話題「枯れない花」筆者・内館牧子)があった。手元に原文がなくメモからの要約だが、原文を損なってはいないはず。


(要約始まり)

喜寿を迎えたA子さんの誕生会があった。加工した生花を贈られたA子さんが言った。「これ、枯れない花だわ!」

男が言った。「アタシは枯れちゃったけどな、ってか」

その場は一瞬静まり返ったが、A子さんは笑顔で絶妙に対応して拍手に包まれた。その後、男は消えた。初対面の代理出席だったらしい。

(要約終わり)


この女性はろくでなしによく切り返した、というのが一般的な印象だろう。しかし、筆者はこの話に引っかかるものを感じたのでよく読み直した。

違和感のひとつは「初対面」という表現だとわかった。たしかに初対面でこのような言動はひどい。だが、このことは女性が著名な人物であることを示しているのではないだろうか。誰だろうか。

さらに読み直した。偶然かもしれないが、枯れない・枯れちゃった、という表現で「ぬれ落ち葉」という言葉を思い出した。


あくまでも推測で裏付けは取っていないが、この女性は樋口恵子氏だと思う。根拠は以下の通り。

  • 誕生日が新聞記事の日付に近く、つじつまが合う。
  • 誕生年は新聞記事の喜寿と合わない。ただ、本来の喜寿の前に闘病をしていたようだ。先送りしたとすればつじつまは合う。
  • 「初対面の代理出席」ということから、女性は著名人であろう。
  • 初対面の男性から恨まれていた可能性がある。女性が著名人であり、恨まれるような言動をしていたのであれば納得できる。
  • これは直感だが、「枯れない・枯れちゃった」という表現からは「ぬれ落ち葉」というにおいがする。
  • 樋口氏と文章を書いた内館氏は共に放送ウーマン賞を受賞しており、つながりがあってもおかしくない。

もし樋口恵子氏であれば、筆者の見方は90度変わる。文中の男性の言動はひどいが、無差別ではない。樋口氏は「ぬれ落ち葉」という言葉が、男性に対して広く使われるようになるきっかけを作った。それを踏まえれば、どっちもどっちであろう。人によっては180度変わるかもしれない。

筆者の推測は見当違いかもしれない。それも含めて内館牧子氏や樋口恵子氏にも言い分はあるだろう。しかしそれ以上に、くだんの男性にも言い分があるはずだ。なお、そんな昔のことを持ち出すのはおかしいという言い方はやめたほうがいいだろう。評論家として知られる樋口氏の言動を否定することになりかねない。


比較的信用できる媒体とされる新聞であっても、うのみにしてはいけない。当サイトも含め、その他の媒体も同じである。

沖縄に対して、やれることをやってほしい

以前述べたことについて補足する。

筆者の場合、普天間基地の移設先は現時点で名護市辺野古以外に考えられない。一方で、政府が行っている辺野古への移設方針に不満である。これは矛盾しない。

各種世論調査の目的は調査だけではない。よく比較すると分かるが、世論を動かすことも目的としている。それを全面否定はしないが対抗するという意味で、「矛盾」を説明したい。

米軍基地とそれにともなう問題が沖縄県へ偏るのは、地政学上の理由でやむを得ないことだろうか。一次的にはそうかもしれない。しかし、ならばこそ、沖縄へ配慮することが国政の役割であろう。世論の分断に対処する方法がほかにあるだろうか。世論の支持を得ることは、国の防衛そのものでもあろう。では、どういった配慮ができるだろうか。


まず、国は沖縄に対して、少数民族への支配と抑圧の歴史があったことを認めるべきである。すくなくとも、沖縄戦における民間人死亡について、国に原因の一部があったことを明確に認めるべきだ。

最近、沖縄戦での民間人被害について国の賠償責任は認められないという最高裁の判決があった。ただし、結論にいたる理由づけを読めば、国に原因があることを認めている。そうでなければ、まわりくどい論理で国の責任を否定する必要はない。この判示の意味を考えるべきである。

裁判は丁半ばくちではない。司法判断が尊重されるゆえんである、丁寧な過程にも目を向ける必要がある。結論だけに着目するのは、裁判官をツボ振りとみなすのに等しい。

賠償責任を考える必要がなくなったということは、原因の一部があったことを認める支障もなくなったということである。軍が組織的に自決を命令したと認めよと言っているのではない。最高裁の判示を明確に追認せよと言っているだけである。判決を好機として、やれることをやってほしい。

なお、自決が強要されたのか違うのかについては、別途記事を書きたい。


政策としては、日米地位協定の見直しになる。これは全国知事会からも提言されている。すべてを直ちに見直すのは無理かもしれない。それでも、できることはあるだろう。

現安倍政権は『やってる感』をアピールするのが上手いとされているようだが、この件に関しては検討すらしているように感じられない。ということは、なにもしていないのであろう。そういう批判を的外れとするのであれば、率直に国民と対話してほしい。


当時首相となる鳩山氏は普天間基地を沖縄県外に移設するという、できないことを約束してしまった。このことは批判されるべきである。しかし、できることをやらないというのも、同様に批判されるべきだろう。強行対応を許容できるのは、万策尽きた後である。やれることをやっていないから、全国的にも基地移設の支持が足りないのではないだろうか。

シムシティ(4)ボストン2010炉心溶融

2010年、ボストンの原子炉で炉心溶融が進行している。(原作は1980年代後半で、架空の設定。) 放射能汚染を乗り越えて町を復興するのがテーマとなる。説明書によると、難易度はすごく難しい。

実際には簡単である。原子力発電所を火力発電所に置き換えてしまえばいい。そうすれば事故は起きない。はずなのだが、操作方法をすっかり忘れており何回かやり直した。

まず、「オプション」-「スピードの設定」で「停止」を選ぶ。これでアクション性はなくなる。次に「マップウィンドウ」で「電力網」を表示する。発電所の場所が分かるので、原子力であれば火力に置き換える。

スピードを「遅い」に戻す。原子力1は火力3に相当するので、このままでは電力不足になる。解消されるまで増設する。場所はすでにある発電所の近くでいいだろう。電力不足は「マップウィンドウ」-「電力網」で把握できる。資金はぎりぎり足りるはず。


後はこのまま放っておけばいい。今回は交通渋滞をなんとかしようとして、お金が足りなくなった。税率を上げたら住民が減って赤字のまま。そのままクリアできたかもしれないが、いったん初めからやり直した。クリアだけ考えるなら余計なことはしないほうがいい。

このクリア方法は裏技以外のなにものでもない。しかし、事故が起きないのであればそれが一番いいと思う。原発事故の被害者に遠慮したというわけではない。そのことも含めた原子力発電の是非、ならびに東京電力旧経営者の刑事責任追及については、別途雑記を書きたい。そういうつもりでシムシティを始めたわけではなかったが、雑記のテーマがたくさんでてきそうではある。


ここまでに、1時間半かかった。

シムシティ(3)今回の目標と縛り

今回は以下の条件でやってみる。
(1)全てのシナリオをやってみる。
(2)セーブ・ロードを繰り返してやり直すことはしない。最初からやり直すのは可とする。
(3)攻略情報は原則として見ない。
(4)攻略本(「シムシティ ハンドブック」真留木優 著・BNN 刊)も当面は見ない。

普通のモードはなにをやってもいいのだが、終了条件もない。今回はシナリオモードに挑戦したい。

かつてプレイした当時は知らなかったメガロポリスを達成する技は、その後に見聞きしている。こだわりはないので、やらなくてもいいだろう。

このゲームの攻略本はあまり覚えていない。もったいないのでそのうちに見ると思う。その時は明記する。




シムシティ(2)ゲームの入手方法

今回プレイするのは1990年フォア・チューン製日本版。マシンは、PC-9801DA(CPUは80386・20MHz)。ソフト・ハードとも中古であれば手に入るかもしれない。

PC-9801VM以降~RA、RXに対応となっているが、ほかの386マシンでもたぶん問題ない。400ラインモニターが必要。

このゲームは外付けのフロッピーディスクドライブでも動作した。

シムシティにはいろいろな版があるようだが、それぞれの違いはよく知らない。今回プレイするのは、日本語版としては最初のものである。

オリジナルは海外なので、さがせば英語版が廉価で手に入るかもしれない。信頼性は各自で判断されたい。

もし手に入れようとするなら、ソフトの状態・ハードの型式・フロッピーディスクの種類・OSの種類・最近のOSであれば何ビット版かなどに注意したほうがいい。入手元が誠実であっても、20年以上前のフロッピーディスクなどが突然読めなくなるのは驚くことではない。『諒とせられよ』




シムシティ(1)ゲームの紹介と昔の話

「シムシティ」(無印)をやってみる。リアルタイムで進行するシミュレーションゲームだが、アクション性はほとんどない。

舞台は近代の町・都市で、プレイヤーの立場は市長。町には主に住居・商業・工業の区画がある。それらを土地に割り振り、電力・交通などのインフラを整備する。

市長は各土地の区分を決めることはできるが、実際に住むかどうかは住民が決める。商業・工業も同じ。なかなか思うようにはならない。

フリーモードの最初は、なにもないところから始まる。目的は一応人口を増やすことだが、こだわらなくてもいい。なにをしてもいい。

一方、シナリオモードではあらかじめ都市ができている。開始後しばらくするとなんらかの災害が起こるので、それに対処する。

このゲームはメトロポリスまではいったが、メガロポリスには至っていない。またシナリオモードはやったことがない。




PC-9801に最近の液晶モニタをつなげた

以前のことになるが、CRTモニタがちらついて1時間ほどするとなにも表示されなくなった。再起動しても5分で同じ事象となる。時間をおいて再起動しても30分が限界となった。

購入して3年しか経っていないが、中古品なので文句は言えない。新しいものに入れ替えた。今回は1990年前後発売のPC-9801用モニタではなく、最近のPC用だがPC-9801でも使えるモニタおよび変換コネクタを購入した。


PC-9801と最近のPCではモニタ用コネクタの形状が違う。1990年前後のPC-9801は、D-Sub15ピン(2段)になる。最近のPCは、ミニD-Sub15ピン(3段)になる。なので、変換コネクタも用意する。

変換コネクタのオスとメスには注意する。PC-9801(メス)につなげるD-Sub15ピン(2段)がオスで、最近モニタ(メス)からのびるケーブル(オス-オス)につなげるミニD-Sub15ピン(3段)がメスになる。

最近のPCではコネクタが「D-Sub15ピン」と記述されている場合もあるが、「D-Sub15ピン(2段)」という意味ではない。HDMIなどと区別するための表記なので、「ミニ」を省略しているのだろう。正確な表記ではないと言っても始まらない。こういうことは四半世紀前の骨董品を扱う側が注意しなければならない。


今のところ大きな支障はないが、PC-9801用モニタとはそれなりの違いがある。いちばん大きな違いについては先入観を排除するために、あえて直接言及しない。下記の画像(「項劉記」1993年光栄・PC-9801版)を上から順に拡大参照してほしい。なおこの時点では、コントラストや輝度などの変更をしていない。

新モニタ・位置の調整前

右端が欠けている。

新モニタ・位置の調整後

右端が表示されるようになった。左端も問題ない。

旧モニタ(参考)

CRTモニタ撮影のコツを知らなかったので、ボーダーが入ってしまっている。ブレもあるのかもしれない。もはや撮り直しはできないので、これで比較してもらうしかない。見づらいのは写真撮影の問題であり、本来はもっとも見やすくて違和感はない。

改めて比較してみると、ゲームをしている時の印象以上に違って見える。ただ、実際にゲームをする際はあまり気にならない。没頭するからだろう。昔の映画と同じだ。

上記画像ではわからないが、新モニタのほうが表示される画面は大きい。新モニタの画面は、旧モニタ筐体の白い枠を含めたのと同じぐらいになる。大きくなるので画面の粗さを感じてしまうこともあり得る。例えば「項劉記」はなにも感じないが、「ウィザードリィ6・ベイン・オブ・ザ・コズミック・フォージ(BCF)」は粗さを感じる。


複数のゲームで動作は安定している。価格や耐久性(1年あたりで、いくらになるのか)も考えれば不満はないので、購入した製品を紹介しておく。予算次第では各種問題を軽減できるもっといい製品があるのかもしれない。そこは購入レビューも含めたほかのサイトを参考にしてほしい。

位置およびコントラストや輝度などの変更方法は、取扱説明書を参照してほしい。




言い残しをしたくない

これが最後という覚悟で、昔のゲームをやってみる。あわせて記録も残そうと思う。

なぜこういう気持ちになったのだろうか。残りの人生をあせる気持ちがあるのかもしれない。ゲームにハマったことを後悔する気持ちがあるのかもしれない。よく分からないがやれるだけやってみる。

なぜそういう気持ちになったのか、すこしわかってきた。死期を覚ったわけではないのだが、同級生の事故ではない訃報に接するなどして思うところはある。そういうことがおかしくない年齢になった。

終活とか遺作と言うのには大げさで早すぎるのだが、やり残しや言い残しをゼロに近づけたい。ゼロは無理でも、やれるだけのことをやることに意味はある。

とは言え時間には限りがあるので、選択と集中をせざるを得ない。さらにレトロゲームリストの整理・追加・復活をするかもしれない。理解しがたい選択があったら、すりこみなど筆者の思い入れの問題だと思ってもらいたい。


今後はゲームと関係のない雑記にも力を入れていきたい。興味のない人の意見に従うことはしない(そもそも聞く耳を持っていない)が、配慮はする。「カテゴリーを選択」から「ゲーム」を選ぶことで対応してほしい。

ウィズ6BCF(27)森#1

目が覚めると、とらわれている。ここから脱出するヒントは、直前に見た夢の中にある。わからなければ、日本語名称のついたキーアイテムをそれらしい場所で、片っぱしから使えばいい。

地上に出たすぐ近くに鉄格子がある。鉄格子の前でここを通るキーアイテムを持っていないと、戦闘になる。敵はHPと防御力はそれなりにあるものの、攻撃力はほとんどない。一方で、経験値はそれなりにもらえる。キーアイテムを持ってくるまでは、敵は永久にわいて出る。つまり、ここはおいしい。

またしばらくは経験値稼ぎをする。敵が必ず出てくるので効率はいいが、間違いなく飽きるだろう。このゲームに手をつけてから、もう半年近くになる。そろそろ他も始めたい。


今回の全滅などによるリロードは0回、累計では12回だった。

今回は1時間、累計で136時間半かかった。

レトロゲームの思い出と攻略