正解はないが不正解はある

以下の話は、1人でのプレイかつ記録の認定を求めないことを前提とする(例えば協力プレイの場合、勝手なことをして足を引っ張るな、といった議論がでてくる)。

攻略情報べったりでゲームをすることに意味はあるのか。序盤に助けを借りるのはともかく、以降はひとり立ちすべきではないのか。詰まった時に助けを借りるのはともかく、最初から最後までおんぶにだっこというのはどうなのか。

逆に、ゲームを自力で攻略することに意味はあるのか。楽をできるのにしない。ところが、後になってきついとか面倒くさいとか言い出す。しかも、助けを借りようとしない。なにがしたいのか。大いなる時間の無駄ではないのか。

以上に対する答え。唯一の正解はない。各自の判断で好きにすればいい。そして、その方針を最後まで貫くのも、二転三転するのも自由である。

一方で、不正解はある。攻略情報を見る、あるいは見ない他人に対して、間違っていると言うのはおかしい。もう一度書くが、1人でのプレイかつ記録の認定を求めないことを前提にしている。そうであれば各自は独立しており、互いに影響はない。なぜ他人に介入するのか。

そういう人は、自分の判断に自信がないのではないだろうか。異なる判断をする他人の存在を知ることで、動揺してしまうのだろう。