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「私の履歴書」の予想は外れた

最近の製造業での不正に関する新聞記事で思い出した。以前書いた予想は外れた。加賀見俊夫氏は日経新聞「私の履歴書」で、食品偽装について特に書かなかった。

こうなってみると記事はきつい批判になっている。たぶん「私の履歴書」は加筆修正した書籍になるだろうから、挽回を期待したい。

この件を含めて、オリエンタルランド(「日本の」ディズニーランド)やそれに対する「日本の」マスコミに批判があるようだ。適切なスイッチを押せば状況は変わるかもしれない。かつてはスイッチを押すのに高いハードルもあったが、最近のテクノロジーを使えば難しくない。

どんな動機であれ本気ならば、スイッチの場所は分かると思う。状況が変わらないのは、筆者も含めて単なる願望に留まっていることによる当然の結果なのだろう。

テーブルトークD&Dの昔の話

テーブルトークのD&D(AD&Dではない)で思い出したことを書いておく。以下は昔の記憶による記述もあるが、大筋では間違っていないはず。

ワイトは「プロテクションフロムイービル」の呪文で守られたキャラクターを攻撃できるか?

ルールの解釈について。ただし、ルールとして自然なのはどちらだろうかという議論。最終的には各マスターの判断になる。

「D&Dがよくわかる本」の中で、「プロテクションフロムイービル」の呪文で守られたキャラクターが壁となってワイトの行動を封じるという記述があった。ワイトは「プロテクションフロムイービル」で守られたキャラクターを攻撃することはできない。キャラクターからワイトを攻撃すると呪文は解けてしまうが、壁に徹すればそうはならない。攻撃は後列にいる他のキャラクターの飛び道具に任せるというわけだ。

このルール解釈はおかしいと思う。D&Dベーシックとエキスパートルールブック(80年代)から引用する。上段は「プロテクションフロムイービル」、下段は「ワイト」の説明。

魔法にかかった生き物はクレリックにふれることさえできない! ここでいう魔法にかかった生物とは、それを殺すのに魔法の武器が必要なものを言う。銀の武器によってしか死なない生き物は対象外。

ワイトは、…、これを攻撃できるのは銀の武器か、魔法の武器だけである。

筆者の解釈では、ワイトは銀の武器で攻撃できるので「対象外」にあたる。つまり「プロテクションフロムイービル」で守られたキャラクターを攻撃できる。

「D&Dがよくわかる本」の解釈はこうなのだろう。ワイトは「銀の武器によってしか死なない生き物」ではない。なぜなら魔法の武器でも攻撃できるから。したがって「対象」である。でもこの解釈は無理がある。

魔法の武器を受け付けないが、銀の武器なら攻撃できる生物というのはいるのだろうか。いないのであれば、ルールの存在意義がない。いたとしても、そのような非常に珍しいトリックスターについてベーシックルールで言及するだろうか。

ワイト部屋に他人のPCを閉じ込める

ワイトというと、ドラゴンマガジン(新和が出版した80年代の雑誌・B5ノートのサイズ・オフィシャルではないほう)のリプレイを思い出す。ワイト部屋に勝手に突撃したPC一人を残した状態で、ドアに魔法の鍵をかけてほかのメンバーは立ち去った、という場面があった。その後、いろいろな意見が誌上で飛び交った。筆者の意見はこうだ。なお、突撃したPCのプレイヤーに同情しているわけではない。

閉じ込めたのは、魔法の鍵をかけたミユキの単独行動ではない。ミユキと以前から親交のあるタッカーとシャルーバッシのプレイヤー(キャラクターではない)、そしてマスターも関与している。ミユキのプレイヤーは三人から支持を得られる、すくなくとも反発はないと確信していただろう。以心伝心ということだ。何度も一緒にロールプレイしていればそうなるはずだ。三人は自分の手を汚さずに望みをかなえたことも指摘しておく。

ステーキにカルピスをかけて食べてもかまわない

これは大貫昌幸氏の表現だったはずだが、筆者もその通りだと思う。なんの話かというと、プレイスタイル・楽しみをどこに求めるのがよいのかという話だ。他人から見て奇異であるとか、少数派であるとか、正統派でないというのは関係ない。他人に食べさせるわけではない限り、気にする必要はない。

現実にはすんなりいかない。ステーキが各自の皿に個別に盛られていれば問題はない。しかし、大皿に盛られたひとつのステーキを一緒に食べざるを得ないこともある。ソースあるいはカルピスをある程度は共有せざるを得ない。上記のワイト部屋閉じ込めの背景もそういうことだろう。

最近はコンピューターゲームでも同じ問題が生ずるようになってしまった。この件は気が向いたら続きを書く。

加賀見俊夫氏は食品偽装を履歴書に書くと思う

ひとつある例外は、たいしたことのない武器だ。店で売っていないドロップアイテムがあることの、アリバイ作りだろう。こうしておけば、表面上は登場アイテム募集の約束を破ってはいない。ますます気に入らない。

個人の記事なので、思い入れによってゲームの紹介記事は長くもなれば短くもなる。「ドラゴンスレイヤー英雄伝説2」には強い負の思い入れがあることを再認識した。

「アリバイ作り」で思い出したことを書いておく。2013年に食品偽装(食材偽装)が問題になった。ところが、批判を受けた企業は多いのに発端となった企業はほとんど批判されていない。

どこかというと、東京ディズニーランドなどを運営しているオリエンタルランドだ。初めて知った人はびっくりしたかもしれないが、しょせんマスコミは営利企業もしくは国の下請け機関だ。公平でなくても驚くことではない。

マスコミ関係者も上司などの制約を受けるだろうが、できることもあるはずだ。たとえば日経新聞では時間をおいた検証記事で、ディズニーについて触れていた。知る限りでは本文(小さい字)1行だけなので、世間に知られることはなかっただろう。つまり「アリバイ作り」だ。

でも、上記のゲーム記事とは状況が違う。筆者のゲーム記事での主張は、実質的に変わらないなら表面だけとりつくろうなということだ。日経新聞の1行には、実質的な意味がある。たとえ読んだのが筆者一人だけだったとしても。

ところで現在2017年5月は、日経新聞「私の履歴書」をオリエンタルランドの経営者・加賀見俊夫氏が書いている。食品偽装問題にどう触れるのか、筆者は注目している。書くのか書かないのか。どの程度まで書くのか。どういう態度を示すのか。

うろ覚えだが、「コンバット」にこういう意味のセリフがあった。

戦場において、一時の感情で逃げるのは卑怯ではない。逃げたことを認めないとき、卑怯になる。

昔も今も、ゲーム業界ではバグや『仕様』などの不都合情報を可能な限り隠そうとする態度がある。エンターテインメントというくくりでは、ゲーム業界もディズニーも同じだ。加賀見俊夫氏には、名実ともに一流の態度を期待している。ゲーム業界の参考になるような態度を。